Works
ビジネスは創造的な営みだ。
しかしそれは、近年流行する1つのジャンルに過ぎない。
私は考えること、創ることが好きだから、
ジャンルを超えて、創造を楽しみたいと考えている。

性
アダムとエバは知恵の実を食べ、 初めてお互いを意識し、羞恥を覚えた。 「男女」が誕生し、エデンを追われた。 「恋煩い」の起源はこの瞬間だった。 両性具有のカタツムリは、 今もまだエデンの住人だ。 恋煩いに苦しむ男子は、 その原因となった果実の上を悠々とゆく カタツムリを羨ましく見つめる。

Spirit of Service
与えているつもりが、与えられている。 そういう瞬間が世界には溢れている。 わたしがあなたを愛する時、 あなたは素敵な笑顔を向けてくれるだろう。 もしかしたら、何かを我慢して。

ホワイトカラー
身体性を少しずつ失いながらも、 愛を込め、直向きに "何か" を生み出そうとしている。 それは "次のホワイトカラー" かもしれない。
ボールペンと水彩
学生時代に身の回りにあったものをモチーフに描いた作品。

















オセロー
「オセロー」の物語が描く "人の二重性" と "自分でもコントロールできない本音" を、 "己の指先から生えたもう一つの指先" で表現。 また、シェイクスピア作品に共通する "人間をリアルに描く故の不気味さ" を、全体で表現した。

willow green × トヨタProBox
1980年代後半の数年間のみ存在した、メルセデス・ベンツの純正カラー「willow green」。 それは合理主義や機能主義への抵抗を示すしなやかな表現だったが、90年代のグローバル化、ブランド化のマーケティング戦略の中で、姿を消した。 現代を代表する超実用車「ProBox」に、その色を載せた。

吠える動物シリーズ
「子ども向けの動物イラスト」は、 実物とかけ離れており生命を感じない。 そこに潜む前提とは何か。 子どもに媚びない動物の姿にこそ、 愛しみを持ってもらいたい。 私が絵を描き、娘がiPadで描いた背景に載せる共作。Tシャツなどを作成。
山スーツ
標高3000mの自然の中でまとう社会的衣服は、 むしろ日常の方こそがつくられた虚構に近いのかもしれない、 という感覚を抱かせた。



凪に暮らす
何気ない「ホームビデオ」こそ、最高にユニークだ。 自身の家族・日常を主に一人称視点で撮影、編集。赤の他人が「いつの間にか親戚のホームビデオを見ているような感覚になる」を目指した。
まち像
街にいる"像"が気になっていた。 形は多様で、一様に高価そうだ。 しかし、風景に溶け込み、注目されることはほとんどない。 じっとして、黙っている。 彼らはある時、誰かに形を与えられ、何らかの意図を持って、その場所に置かれた。 それは置き去りにされた〈舞台装置〉のように、私には思えた。 私は彼らを〈まち像〉と名づけ、カメラを向け始めた。 気がつけば1,200体以上を撮影している。




日野原市
生成AIの登場以降、Web上の映像、音声、文章、人物像は、かつてより容易に生成できるようになった。私たちは広告やニュース、レビューやSNS投稿を、「本物だろうか」と疑うようになっている。 では、自治体はどうだろうか。 自治体は、政治、制度、インフラ、地理、共同体を支える社会基盤であり、最も実在を疑われにくい存在のひとつである。 本物と見分けがつかない自治体サイトが存在したとき、私たちは何を根拠に、その社会の実在を信じるのだろうか。 日野原市は、存在しない自治体である。 だからこそ、そのホームページは、完璧なまでに公式でなければならない。
日野原市公式ホームページ →ギュラギュラ動画
「認知」の受給バランスは崩れ続けている。 人は認知のために稼ぎ、何者かを志し、創造し続ける。 AIが人類にもたらす最大の福音は、「生産性向上」でも「創造の民主化」でもなく、「認知の打ち出の小槌」ではないか。 人はパンだけでは生きられない。 〈Basic Attention〉が必要なのだ。
→デジタル × 手書き









